記録用2月から3月

<やねせんまつり ロバートキャンベル&依布サラサトークショー
春風亭百栄 独演会@下北沢>
柴草玲&日東色素@横浜FRYDAY>
まとまった感想を書きたいライブもあるのでまた後日。

うーん、ほんとに忙しかったからなあ。思いのほか観ていない。
今年は自分たちの演奏会もあるんで、毎週土曜が練習日となったせいもあったり、他に宣伝用のブログの管理とか頼まれたりして、なんか常に忙しい。
でもまあ、充実してると言えましょう、うむ。

しかし、おととしくらいから、自分の好きなアーチストや芸人さんが、いつのまにかじわじわとつながっていたりするのが最近不思議だ。
ぜーんぜん別の場所でファンになったのに、いつの間にか一緒のステージに立っていたりする。
まー、多少橋渡し的なことをしていないこともないけれど、それでもねー・・・確率が高すぎるッス。
単に私が、似たような匂いの人を好きになるからなのだろーか・・・。
田ノ岡さんが流浪の朝謡に加入して、山田さんと一緒にやりはじめたのも相当びっくりしたもんねー。

そーゆーわけで・・・5月に柴草玲さんと遠峰あこさんの対バンライブがあるそうですっ。
ああ、これまたびっくり。

さらに後日、遠峰あこさんの名を「渦」の出演者に発見。さらに秋に開催されるアコーディオン音楽祭という、私もいっちょ噛みしているイベントにもでることになったんだって。
あれれれれれ・・・てな感じっす。

ビデオジャーナル54

佐野元春の「ザ・ソングライターズ」という番組が面白い。
http://www.nhk.or.jp/songs/song-w/
「ザ・ソングライターズ」とはサイトの説明にあるとおり、『シンガーソングライターの佐野元春さんがホスト役を務め、日本のソングライターたちをゲストに招いて、「歌詞」すなわち音楽における言葉をテーマに探求してゆく番組』なのだが、とにかく佐野元春のホストぶりがステキ。
だいたいこういった企画はトーク番組的な性格を帯びるので、ゲストの発したコネタに食いついたりリアクションしたり、適度にボケたりつっこんだりしてテレビ的に盛り上げるのが普通だろうし、この番組の依頼を受けたときにゲストの面々もいくらかそのあたりのことは考えるだろう。
しかし、そういったテレビショー的な演出はまったく無く、ここにはただ「詞」、「言葉」というものに真摯に向き合うクリエイター同士のむき出しの対話があるだけ。佐野元春はあくまでまっすぐに真摯に「創作」というものに向き合い、テレビタレント的な振る舞いはしない。二回目のゲスト、さだまさしをして「ひとつ心配なのはさ、佐野君が天然なんだよね。ボケでも突っ込んでくれなさそうだからまじめにやる。」と言わしめた。茶化さない。媚びない。生半可にギャグを言ったって、佐野元春は拾わない。けど、どんな答えも受け止める。答えを出すまできちんと待つ。間が空いても適当に埋めようとしない。ゲストも真摯に言葉の世界に向き合わざるを得ない。
結果、珠玉のような言葉がいくつも得られ、その後の学生達とのワークショップでは、言葉が音楽として立ち上がる瞬間を何度も体感し、トリハダが立つ思いをすることとなる。

さて、佐野元春という人、80年代には大人気を誇ったミュージシャンであったが、私はあまり好きではなかった。なんかキザったらしいというか、鼻につく感じがしたのだ。スノッブでちょっとカッコよすぎるよ。人間ってもうちょっとカッコわるいんじゃないの?てなくらいに思ってて、もっとヘンテコなニューウェーブ系の音ばかり追いかけていてた。けれど、この番組を見てひさびさに彼に再会し、そのあまりの変わらなさに逆にガーン!と「あ、けっこう好きかも。」の方に気持ちが傾いてしまった。この一貫したブレの無さ。あいかわらずキザでスカシてて、でもマジメで真摯だ。ホンモノだったんだわ、この人。
むかしはこの、マジメさと真摯さが受け付けられなかった私。やっぱ軽薄短小の80年代ですからね。マジメかっこ悪い。テキトーに楽に生きるのがカッコイイ、という時代。
しかし2010年、このなんとも足場のぐらぐらした時代にあらためて見ると、この直線的な視線はむしろ魅力的。その迷いの無さに唸ってしまう。
Twitterしながらこの番組を見ていたとき、誰かが「こういう風にマジメに語り合うことも必要なのかもしれない、照れずに。」とTweetした。
「照れずに」・・・・これは案外、今の時代のキーワードかもしれない。照れず、茶化さず、語り合うこと。そこから生まれるもの、そこで救われるもの、少なく無いんじゃないか、とそんな予感がしている。
フマジメな時代は終ったんだぜ、ベイベー!と佐野元春風に叫んでみたい。

この番組のページに佐野元春が1995年に書いたソングライティングについての小論文があったのでリンクしとく。
「流行歌は人の心の最大公約数」と考えたことが私にもあったんだが、それとちょっと似ているところがあって驚いた。
http://www.moto.co.jp/songwriters/HL_letter.html

そんなわけで佐野元春というと「ケッ・・・。」と思っていた若き日のワタクシ、いま彼の曲を聴くとしみじみわかることが多い。「SOMEDAY」なんてベスト10にも入るくらい売れたのでのでさんざん聴いていたはずだけど、今やっと深く深くわかる歌詞がある。「窓辺にもたれ夢のひとつひとつを消してゆくのは辛いけど、若すぎて何だかわからなかったことがリアルに感じてしまうこの頃さ」なんて、中学・高校のころは引っかかりもしなかった歌詞だもんねぇ。「いつかは誰でも愛の謎が解けて、一人きりじゃいられなくなる。」なんてのも、大人になってからだとピンと来る。私はいまだに謎が解けないが。


わが敬愛する山田晃士アニキも佐野さんをお好きらしく、ワンマンライブでときどきこの曲のカバーなんぞされるらしい。うわ、聴いてみたい!番組の中でもスガシカオさんが「好きなラブソング」として挙げていた。スガさんが歌っても似合いそう。

佐野元春」的なものを避け続けていた私の青春ではあったが、一曲だけ好きな曲があった。高校の頃、はまっていた自主制作アニメーションの上映会でこの曲を使った作品を観たからなんだけど。ちなみに歌詞は一言も聞き取れていなかった。洋楽聴くのと同じ感覚。

佐野元春の「ザ・ソングライターズ」は好評だったので、この夏に第二シーズンが放送予定だそうである。やっぱ、ねえ、おもしろかったもん。
テレビってナニゲに様式化しているから、お約束以外の答えを引き出せる番組に心ある視聴者は飢えている。
佐野元春佐野元春であるからこそでき得る番組。第二シーズンも楽しみである。

柴草玲&ペーソス@横浜FRYDAY

やっとこさ、まとまった。
このまま「まりしろ」へ投稿ぢゃ。
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横浜、伊勢崎町。東京のどことも似ていないこの街。
東映のヤクザ映画の登場人物がそこらへんから出てきそうな、昭和なやさぐれ感。
どことなく無頼の風吹くこの街で、「ペーソス&柴草玲」ライブはしめやかに行われたのであった。
会場は長者町FRYDAY。店内にはジュークボックスがあったり、マスターがリーゼントにスカジャンだったり、と50年代ムード満点。
古き良き不良の溜まり場的なライブハウスである。
平日の夜ということがあってか、お客さんは20人前後だったと思われる。
開演ちょっと前に入ったら、お店のBGMにあわせてペーソスの岩田さんが無心にギターを弾いておられた。

この日は4部構成。
1部 ペーソス、2部 柴草玲、3部 ペーソス、4部 柴草玲・・・。
開演が20時だったことを考えると、かなり大人向けな時間割である。てゆーか、これって終電やばくない?
私の心配をよそに、まずはペーソスのステージから粛々とスタート。
柴草玲さんのような女性を見ていると妄想が膨らむということで一曲目は「男嫌い」
「おやぢいらんかえ〜」「ああ連帯保証人」とトントンと進み、「駄目になりそう」では曲中に携帯電話の着信音を効果的に使って驚かせる。
第1部は「涙腺歌」で締め。
お客さんの年齢層も手伝って、スマイリー井原さんの司会がじんわり染みわたっていく。
「ああ、そうなんだよねぇ、トシ食ってくるとねえ、わかるわかる〜。あー、やだなあ、わかっちゃうなぁ〜。」
と、各自が心の中でひそやかに、マゾヒスティックな快感に浸るムード。

さて第2部、柴草玲さん。ここは生ピアノは無いので電子ピアノにて。
1曲目、「昔のビデオ」から「雪」へ。
「雪」のラストはキレイに終らず、ピアノを叩き壊しそうにガンガン鳴らす柴草玲クオリティ。
玲さんはペーソスのステージを観るのは初めてだったそうだ。
「オヤジといえば○岡○巻、最初はちょっと面白いじゃんと思っていたけど、最近その作ったオヤジっぷりが鼻についてきた。それに比べると今日のペーソスさんたちのなんと清らかなこと!」
と賛辞を贈った後、「涙腺歌」へのアンサーソングとしてどっちがショボイかな?」を披露。(「微妙」つながりで。)
そして20年来のバンド仲間というトランペット奏者、佐野さんというやさしそうなスキンヘッドの男性をゲストに迎えて2曲。
トロンボーンを加えて演奏されたリリカルな「しもつかれ」。指笛とセッションした「バッテリー強化液」。指笛は文字通り、両手を組み合わせて親指をくわえて吹き鳴らす

もの。玲さんの熱演にたびたび噴き出してしまい、演奏が中断する佐野さん。
玲さんの20代のラテンバンド時代の逸話もちらり。昔からサービス精神が旺盛で、男性客へのサービスのつもりで白衣やセーラー服を着てきては、ステージ上から下ネタを連発しては客席を引かせていたらしい。「きれいな人が下ネタを言うと、男はどうしたらいいかわからなくなるんですよ。」とは佐野さんの弁。

柴草玲ショックさめやらぬ店内にスマイリー井原さんの「ペーソス、行って来いショー!」の声が響き、強引に3部のペーソスワールドが開始。
意図してのことなのか「男同士」「女の一夜干し」「イッテコイ節」など、ノリの良い曲を畳み掛ける。
「椋鳥哀歌」「霧雨の北沢緑道」ではコーラス&アコーディオンで玲さんが参加。
玲さんは元気に、しかも無表情で「脂肪っ!」「前立腺っ!」の唱和。
ペーソス三人の「敵わねぇなぁ〜。」的なトホホな表情。
もー、たまりませんです。

初めての顔合わせだったペーソスと玲さん、意外にもしっくりなじみ、いい塩梅のライブだった。
お互いの持つ湿度がちょっと似ているし、「老い」というものをシニカルにときにリリカルに眺める視線もちょっと似ている。
「老い」に対して女は攻撃的になり、男は感傷的になるのかしらん。
そんな対比も面白い。

この後第4部へと続くわけだが、残念ながら私は電車の都合で帰らざるをえなくなり、後ろ髪を引かれながら席を立った。
ああ、この後「さげまんのタンゴ」が絶対あるはずなのに・・・。
電車が無くなるなら、ビジネスホテルに一泊してでも見る価値があったライブだと思う。
ところで、なんとこの顔合わせ、第二回があるらしい。
3月だそうですよ。見逃した皆さん、次回こそ目撃せよ!
今度は一泊してでも最後まで見届ける覚悟の私です。

記録用

メルシー後
田ノ岡三郎 クリスマスライブ>
<山田晃士&田ノ岡三郎長者町FRYDAY>
<謹んで朝謡>

ちょっとメルシー絡み多くなってきた。
他のものも見ないとバランス取れないな。

と思いつつ、今後予定しているのがFRYDAYでの柴草玲&ペーソスだったり・・・。
これもメルシー絡みといえばそうだし。

偏ってるなぁ。いかんなあ。
落語とかも行こう。

メルシー兄弟と従姉

待ちに待ってた第二回「メルシー兄弟と従姉」
ライブからはすでに1ヵ月が経とうとしていますが、私の頭の中のブルーレイディスクには幾多のシーンがはっきりくっきりと。
脳内再生ボタンを押しまして、ハイライトをお届けします。

<オープニング>
エマニエル夫人のテーマの替え歌「メルシー兄弟と従姉のテーマ」に乗って3人が登場。
向かって右に「メルシー兄」山田晃士、左に「メルシー従姉」柴草玲、そして真ん中に「メルシー弟」最鋭輝の布陣。
兄は赤いフリルのシャツにシルクハット、弟はGSっぽい真っ赤なミリタリージャケット、従姉は赤いチャイナドレスに妙に毛量の多いボブのウィッグにティアラをちょこんと乗せていた。チャイナドレスの模様はよく見るとパイナップル。
全員ばっちり厚化粧。
もう、いきなり濃い。どこか外国のキャバレーに来ちゃったみたいな錯覚をおぼえる。
最初にこの後の各自のソロライブの順番を画期的な方法「あみだくじ」で決めるとのこと。
メルシー一族の口からはすかさず「あみだくじのテーマ」(映画「男と女」のテーマの替え歌でただ「アミダバダ〜」っていうだけ。)
兄がかざした画用紙にはぞんざいな筆ペンの線が縦に3本。それぞれ上に「兄」「弟」「従姉」と書いてある。
そこに兄が横線を入れていくのだが、その数が多い。多すぎる。めちゃくちゃである。
そして一本追加の線を依頼された従姉はルール無視のとんでもないくねくね線を描き殴った。
扱いかねた兄は「従姉、この線は・・・無視します。」と×で消してしまった。
何やかやで順番は「弟」「従姉」「兄」と決まった。

<最鋭輝>
トップバッターは最鋭輝。一人GS、一人ウエスタンカーニバル。なのに妙に腰の低い喋りとモッキースマイル。
先般の「渦」でごらんになった方も多いであろう。
ステージ前には必ず「親衛隊」の方が紙テープを配ってくれるので、テープの端を少しだけ解いて指に挟み、いつでもステージに投げられるように準備する。
あとはモッキーの声にあわせて投げるべし。これがお作法。
テープを投げると、いきなりステージが近くなったように感じられて楽しいことうけあい。
私の前の席に盛り上がっていないカップルが座っていたのだが、テープを投げた次の瞬間から彼氏の方が小さく手拍子をし始めた。
それまではちょっと引いて見ている感じがあったのに。恐るべし、紙テーププレイ。一気に客席に一体感が生まれる。
「今夜は僕の物になれ」という曲のサビでは驚愕のメルシーダンサーズ・・・いきなり袖から兄と従姉が飛び出してきてダ〜ンス!
キメの振り付けでは、客席もみんな一緒にメルシーダンサーズ。
この日のモッキーのギターには、手作りのミラーボールがぶら下がっていました。
さて、たいていの対バンライブなら一番濃い人になるはずのこのモッキーが、一番まともに見えてしまうのがメルシーな夜の恐ろしさ。
ライブはまだまだ序の口なのであった。

柴草玲
ピアノをアンニュイに鳴らしながら低血圧ボイスで登場。
まずは別れた男が置いていったバッテリー液がなかなか捨てられないという歌をブルースっぽく吐き捨て。
次の曲「大人の遠足」は集団公然わいせつで古い知り合いが捕まったという実話から。
その人との思い出とそこから派生する話題を思いつくままに、ありったけの毒を込めてガンガンとシャウト。
リアルな独白と感情そのもののようなピアノの音が出会って「うた」が生まれる瞬間に、観客は何度も立ち会うこととなる。
観たことが無い人には「ダークな矢野顕子」といえば想像しやすいだろうか。
そして「さげまんのタンゴ」では、アコーディオン抱えて仁王立ちになるなり、ツアー中に生理になった話を神妙な表情でぶっちゃけた。
一瞬引いた雰囲気になった客席に「ごめんなさいね。いやでしょう?こんな話されて。」と表情も変えずにポツリ。
このときの空気がなんとも、説明の仕様がないのがもどかしいのだが、とっても可笑しくも可愛かった。
「別れた男が自分より幸せになるのは許せないー!」と絶叫、「あげまん」「さげまん」のコール&レスポンス。
こうして書いてみると大変「痛い」女性のようなのだが、実際観ているとそういう感じはしない。
ものすごいことを言ったり歌ったりしているのに、不思議と生臭さがないのだ。
汚れてもやさぐれてもふてくされても、根底に「乙女心」が見え隠れ。
そのせいか、どんなに下品な発言をしても薄汚くならない。
それにしてもメルシー従姉だけ観た人には誤解されそうだが、この人はほんとうはとても美しい歌を紡ぐステキな歌い手さんなのです。
そっちもぜひ体験していただきたい。

<山田晃士>
嵐のようなメルシー従姉のステージから一転、「ラムール」のムーディなギターであっという間に自分の世界に引き込むメルシー兄。
口では「ムカつくようなモッキーのいい人っぷり、すがすがしいまでの従姉の暗黒っぷりの後で大変にやりにくい」と言いながらも楽しそう。。
いつもはステージの隅々まで神経を行き届かせているバンドマスター気質な彼が、この日はわりと他のメンバーに委ねてちょっと力を抜いている。
そんな素敵なユルさを見られるのもメルシーライブの醍醐味。
ピアノ弾き語りで面妖な一人芝居入りの「ともだちのうた」シャウト、ささやき、変幻自在の声が頼もしい。
ラストの「サ・セ・ラムール」は「なんでこんな曲作っちゃったんだろう?」と本人もわからないという明るいノーテンキなラブソングで行進曲。
この人の曲はけっこうバカっぽいラブソングも多いんだが、案外本人の恋愛観とは関係無くて、単に「愛の讃歌」みたいなコンセプトの曲を自分なりにいろいろ作ってみているのかも。
暗黒さ加減は従姉、柴草玲さんととても似ているのだけど、暗黒を腹の中から取り出してまな板の上にさらし、捌いて調理して料理にするまでをステージで見せてしまうオープンキッチンなメルシー従姉に対し、メルシー兄は暗黒を素材としていろんな角度から吟味し、奥の厨房で作り上げて完成品を出してくるシェフな感じ。
柴草玲は「ドキュメント」、山田晃士は「ドラマ」。
対象に肉迫する柴草玲、対象を俯瞰する山田晃士。
根本は似たもの同志のような気がするのだが、表現へのアプローチがぜんぜん違うのが面白い。

<セッションタイム>
3名によるセッションタイムは全員ウクレレを持って登場。
「メルシー兄弟と従姉のテーマ」でメルシーツアーの思い出をそれぞれ順番にアドリブで弾き語り。
兄と従姉にはさまれて、どっちから突っ込みがとんでくるかわからず、終始おどおどしていたモッキーが可愛い。
ツアー中にできたポエム「毛穴」を従姉がリーディングし、両脇から兄と弟がウクレレで「毛穴、穴〜、広がるばかりさ〜・・」と「ケセラセラ」のメロディでハモる。
途中から思いついたように「YO!YO!」とヒップホップ的合いの手を入れ始める従姉。
「すばらしいラップでしたね。」と言う弟、「メルシーなのにぜんぜんフランスじゃない!」と怒る兄。
もう何がなんだかわかりません。
楽器をギター、ピアノに変えてカバーを何曲か・・・・リリィの「私は泣いています」、ジュリー「勝手にしやがれ」で一度ひっこみ、そのままの振り付けで出てきて、アンコールはちあきなおみの「そっとおやすみ」で昭和の歌心満載。

この3人が一つの舞台で見られるのは一年に一度。また来年。
できればもっと見たいけど「親族なんてそんなもんでしょう。」とはメルシー兄のクールなお言葉。
いまから来年が待ちどおしい私です。
来年まで頑張って生きていよう。このライブが心置きなく観られる程度のお金は稼いでいよう。

さて、名曲(迷曲?)「サ・セ・ラムール」だが、先日実家に帰った際、シャンソンのコンピCDを聴いていたら偶然元ネタを発見。
ミスタンゲットの「サ・セ・パリ」ですね。

メモメモ

上野茂都千駄木古書ほうろう>
我が家から徒歩5分の古書ほうろう。しかし、通りを一本隔てているため、案外行かない場所である。なので、谷中に住んで5年を数えようと言うのに、きっとこのライブでやっと4回目くらいかも。
古本屋といってもけっこう広い。ちょっとした図書館くらいある。店の奥の本棚を動かしてスペースを作り、そこで上野さんのライブが行われるのだった。ステージに近いあたりは座布団席。しかし、シートを敷いて携帯用の簡易座布団を置いているので、まったく和の雰囲気無くて面白し。料金払うと受付で、紙に包まれたお菓子をくれた。小さなおせんべい2枚、ベルキューブのクリームチーズチロルチョコなど。お客さんはみんな、そのささやかなおやつと、持ち込み自由と言うことで、思い思いの飲み物を手にしていた。私はこの日二日酔いだったので、コーヒーで我慢したが、缶ビール、缶発泡酒、そしてワンカップの人が多かった。
お時間が来まして、あらわれた上野さんはなんと着物姿。いつも洋服で、それもふだん着で三味線なので、ちょっとびっくり。紺色の、張りのある生地の着物であったが、これがもう、いい感じで似合ってなくて・・・なんというか、借りてきたみたいに体になじんでなくて・・・でも、むしろそこが上野さんらしくてよかった。よくみたら、襟元からTシャツの襟がのぞいてた。
さて、この日は古書店が会場ということ、本好きなお客さんが多いであろうということで、わりと笑い少なめ。とつとつと語りながらおなじみの食べ物系ソングから、この2日後に出る予定の「鉄渦」で披露予定の鉄道ネタをお試しでちょっとだけ。それから古本にちなんで「古本節」「仏文節」なんていう唄も。「古本節」は「ブックスブックス、繰り出した・・・」という歌い出し。古本マニアがニヤリとするフレーズがたくさん。「仏文節」はフランス文学に出てくる女主人公の人生を小唄風にまとめたもの。「ジャンヌさん」がモーパッサンの「女の一生」だったのはわかったけど、あとはわからず。ああ、教養のないワタクシ。そんなこんなで、新曲「めしのしたく」で一部を締めたら、休憩挟んで二部は朗読。幸田露伴の「五重塔」でした。講談調の語り口、そのリズム。硬質な日本語の美しさ。しびれますねー。美しい日本語って曲線的なイメージあるけど、上野さんの朗読する日本語はすごく角ばっている。この角がなんとも、いいんだよなあ。色っぽくない日本語のカッコよさ。
そして、ライブが終って、5分後には自宅。なんという幸せ。

<芸渦>
全員バランス良く、よかった。
お笑いライブを観たことが無い人が初めてみるのにも良い。良質で良心的な芸ばかり。
優等生タイプでつまらないということではない。
ちゃんと、正面から取り組んでいる人たちのまじめな芸だってことです。
斜めに構えてやってる人は一人もいないし、戦う相手は誰でもなく自分自身ってことがわかっている人たちの芸だった。
観てて、気持ちよいですね。
それにしてもだるま食堂、おもしろいなあ。女にお笑いができないなんてウソですね。
女がお笑いをやると痛々しくなることが多いけど、そんなところとっくに超越しているよ!

田ノ岡三郎 おひとりさまミュゼットナイト

清水宏でおなか一杯になった後は中野のブライトブラウンというライブハウスで田ノ岡さんのワンマン。ミュゼットオンリーということがBlogで宣言されていたし、ワンマンということで独奏メインであるということもあり、なかば「勉強させていただきやす!」って気分のアコ弾きモードのワタクシ。
ブライトブラウンは想像以上に小さな空間で、照明の暗めの喫茶店みたいな感じ。お客様も最終的には10人いなかったのでは?
しかしそこで、あの演奏を独占できたのはものすんごく贅沢!イギリスのパブっぽい薄暗い狭い空間で、お酒を飲みながら音楽を楽しむ、なんて私の一番好きなシチュエーション。よかったなあああ。
2曲ほどお友達のミュージシャンとセッションした以外は、10数曲ソロでミュゼット。それも一回も楽譜見なかったしぃ。それ以前に、譜面台置いてなかったしぃ。なんかホント、すごいわ。でもぜんぜん、スゴイ人オーラが無いのがまたスゴイわ。上手なプレイヤーにありがちな、鼻につく気取りやスカした感じが皆無なんだ。スーパーナチュラルだ。
かのcoba御大は申された。「アコーディオンをカッコイイ楽器にするのが僕の役目」と。その言葉どおり、彼はアコーディオンの持つある種の野暮ったさ、古臭さ、温もりをばっさり切り捨てたcobaスタイルを確立した。それは唯一無二のものだし、意義あることである。が、その野暮ったさ、古臭さ、温もりを持ったまま、アコーディオンの持っている要素を何一つ切り捨てない田ノ岡さんの演奏もまた魅力的だ。アコーディオンというキャラクターをめいっぱい生かしていて、この人の演奏はアコーディオンそのものだな、と思うことがある。ミスター・アコーディオンだね。
あと、マニアックに言うとね、プロのアコ奏者が演奏の自由度を求めてフリーベースへと流れていく中、スタンダードベースでできる演奏の可能性をいろいろ探求しているところが興味深い。
しかしあんなに演奏すごいのに、本人は自分の喋りが上手でないことをものすごく気にしていたのが可笑しかった。客としてはあれだけアコーディオン上手けりゃ、いいじゃないよーと思うんだけどね。ま、プレイヤーとしては完璧だから、これで喋りができればエンターティナーになれるもんね。自分に対しての要求が高いってのはよいことだ。こちらとしてもこれから観ていく楽しみができる。
さて、このライブ、「おひとりさま」というキーワードはオオタスセリさんのステージにインスパイアされてつけたそうな。先日のおひとりさま劇場を観にいって、ノックアウトされたそうです。(なぜか、コントが始まる前から笑っていたという噂あり。)

にしても、120ベースでスタンダード、だいたい重さ10kgくらい・・・ということで、田ノ岡さんの楽器でできることは、音色は違うにしろ私の楽器でもできるはずなんだが・・・はははっ、そこは追求しないで・・・。

この日のライブの中のセッション曲だけがYoutubeに上がってました。ああ、音が・・・音が・・・実際はもっときれいです。