メルシー兄弟と従姉

ポップでキッチュなガレージシャンソン歌手、山田晃士。今世紀最後のムーディスト、最鋭輝(モッキー)。この二人がタッグを組んだユニットが「メルシー兄弟」
おととしから年に一回活動していたこのユニットに今年は花も恥らう熟乙女、柴草玲が参戦し、その名も「メルシー兄弟と従姉」。「姉」でも「妹」でもなく「従姉」というところに、アーティストとしてのリスペクト、適度な距離感が感じられていい感じ。
ひとりひとりだけでも相当に濃い世界を持っているのに、それが3人集まっちゃうとは、いったいどうなるのか?考えただけでもどきどきわくわくなのだが、確実に見る前から確信していたことは、「絶対におもしろくなる」ということ。ぜったい、ぜったいはずさない。はっきり、予感していた。
会場は下北沢440。テラス席もあって開放的なライブハウス。ちょっとアメリカ西海岸のテイストもあり。開演前の店内モニターにはBGVとして「哀しみのベラドンナ」の映像が流れていた。山田晃士さんのセレクト。

<最鋭輝>
ひとりGSとのことだが、ひとりウエスタンカーニバルと言った方がイメージしやすいかも。いわゆるグループサウンズ風の曲をひとりギターで明るく弾き歌う。軽い明るい声とキャラクターが楽しく、好感度高し。飛び交うモッキーコールと紙テープ。ギターのネックが紙テープだらけになってしまい、弾きにくそうな場面も。昭和のアイドル再来。客席もそのノリに参加して積極的に楽しもうとする。昭和アイドル親衛隊プレイだ。ノレばノルほど楽しくなる。
それにしても最前列の席に陣取った「モッキーガールズ」の一糸乱れぬ応援振りにはびっくり。モッキーコールにモッキーポーズ。山田氏をして「様式化していてすばらしい。」と言わしめた。この「メルシー兄弟と従姉」ライブは京都、大阪、名古屋とツアーを廻ってきたのだが、モッキーガールズはすべての会場についてきてくれたそうです。スゲエ。でも見てたら私もやりたくなったよ、モッキーポーズと紙テープ投げ。次回はもっと前の席に座ろう。

<山田晃士>
シルクハットに黒づくめのコスチューム。Dホールのギターを粘っこく鳴らしながら登場。どうみても妖しいのにいきなり冒頭のMCで「汚染米がこわくてハンバーグセットのライス大盛りをためらった」と告白。一気に客のハートをわしづかみ。こんな非日常なイデタチで日常を語る様がおかしくてならない。山田ライブ恒例のコールアンドレスポンスのテーマは「大麻疑惑」。「見ーたこともないー、聞いーたことも無いー♪」と唄う晃士様の後について客もリピート。左右に揺れるように指示されたのでみんなで揺れると、「やりたい人だけでいいんだよ。」、掛け声は「メルシー」「ブラボー」「ハラショー」以外禁止といっておきながら、客が素直にソレしか言わないと「こういうときに『いいぞー!』とか言うモンなんだよ。これだからまだまだ日本の芸能は育たない!」なんていったりして、次々に繰り出される強烈で変則的な客いじりがたまらない。喋りはオモシロだけど、歌とギターは本格派のド迫力。怒涛のような歌声なのに、言葉がしっかり耳に届く不思議。やはり鍛えられた声であり、コントロールされた声であること、それにつきる。声を自在にあやつる表情がスリリングでときにコミカルで時に邪悪で、とにかく飽きない。ケレン味たっぷりの激しいステージの合間にときどき素っぽい喋りが入る落差も絶妙。ほんとにおもしろい人だなあ。ひさびさに見つけた「本物」のニオイがする人。表現すべき世界をもち、それを表現するに足る技術も持っていて、それでいてB級の香りを失なわず、表現することを楽しみぬいている人。追いかける価値ありあり。

柴草玲
「ゴルゴ13の歌」のカラオケにのって登場。ヴァンプ女優風ボブのウイッグに細い体にスリップドレスが微妙に余っている様がエロ悲しい。バラムチを持って唄いながら練り歩き、お客さんをムチで撫でさすったりしたが、その後すぐ「ごめんなさいね。」なんて謝ったりしておかしい。ピアノの前に座るとほとんど客席には後頭部しか見えないのだが、その状態でピアノを鳴らしながらぼそぼそと喋る様に、客席は引き込まれてゆく。
「今日は千秋楽だからさあ、思い切り谷間を作ろうと思ったんだよね。ここでガムテープ借りてさっきまでがんばったんだけどうまくできなくてさ・・・。」「私のことをやたら毛が多い女だなあと思っている人も多いと思うけどさ、ゴメン、これヅラなんだよね・・・。」「私がやりたいことをやればやるほど実家との関係が悪くなってさ・・・今年はお盆にも帰りませんでした。」などなど、ぼやきとも愚痴ともつかない、低血圧風ローテンション、ちょっとハスッパ風味のMCが、彼女の背中ごしに繰り出される様のおかしな味わいといったら、ちょっと文章に書きようが無い。
しかし「雪」「遺伝子」などシリアスな曲を歌い出せば空気は一変。山田晃士さんのように歌い上げる系ではないが、低くやわらかい歌声には確かな力があり、感情のうねりをそのまま表したようなエモーショナルなピアノの音色と相まって、聴くものの脳裏にはっきりと世界観を刻み付ける。
世良正則&ツイストの「あんたのバラード」のイントロをちょっぴり借りてのオマージュ「あんたの冷汁」は玲さん流のブルース。思い出したくも無い過去の恋愛、付き合っているうちに「少しずつ自分が死んでった」くらいひどい男だったけど、彼が作った冷汁だけは美味しかった、またあれが飲みたい・・・って歌。思い出したくも無い恋愛でも、味覚を含んだシンプルな「快」の感覚にまつわるたわいのない記憶がぜったいにあって、それが邪魔してなかなか忘れられないってことがある。でもまあ、それがあるからこそ、何年か後にはいい思い出になったりもするんだが。この曲のラスト、彼の冷汁を思い出しながら暑い暑い夏の日、畳に横になっている女はそのまま徐々に弱っていくのだが、そこに「枯れていく」「老いていく」というフレーズが入るあたり、さすがアラフォー柴草玲的リアル。
そしてすばらしく振り切れた「さげまんのタンゴ」。でもなんか、「玲ちゃん!そんなこと言わないで!」って駆け寄って抱きしめたくなったよ、なぜかしら。この人も確かな技術と底知れない自分の世界をあわせもつ「本物」な人だ。

最後は3人でセッションタイム。曲が「太陽のくれた季節」だったり「フィーリング」であったり「黒猫のタンゴ」であったり、昭和歌謡大全集の趣き。また、メルシー兄弟と従姉のテーマソングも。ツアー中にあったおかしなエピソードおよびツアー中に見つけたおかしなラブホテルの名前を唄い込みつつ。
アンコールタイムを明るく快活にまとめようとしながら晃士兄貴の顔色をうかがうメルシー弟モッキー、「俺に話さずお客さんに話しなさい。」とたしなめつつがっちり仕切るメルシー兄山田晃士、仲良しの二人の会話になかなか入れずいじいじとピアノに向かい、ときどきポツリと背中越しに発言するメルシー従姉柴草玲という構図がいい味。
ツアー中に差し入れのケーキをホテルの廊下で食べるハメになったとき、兄貴の声が響くので苦情が来ないかひやひやしたというモッキーの話が、場面が想像できすぎて可笑しかった。そーだよね、声大きいもんねえー。

7時半に開演し、アンコールの「そっとおやすみ」が終わった頃には11時近かった。
「いよいよ最後の曲となりました。お客様も我々も・・・安堵の色が隠せません」といった山田さんのMCに会場が爆笑。
長丁場だったなあ。でもほんとうに楽しかった。
お腹のそこから笑ったと思えば、心の傷をチクリとえぐられたり、染み入るような楽器の音色があったり、客席が一体になって紙テープ投げたり、贅沢この上ない時間だった。なかなか無いよ、ここまでいろんな感情を体験させてくれるライブは。

メルシー兄弟と従姉、来年もライブをやることに決定しているらしい。「この中の誰かがその日武道館でコンサートをしていようと、ホームレスになっていようとやります。」と山田さんの力強いお言葉。絶対、行きます。なんか辛いことがあって死にたくなっても、メルシー兄弟と従姉があるから来年まで死ねないぜ。

ところで開演前にBGVとして流れていた「哀しみのベラドンナ」。1973年、虫プロが大人向けアニメとして製作した長編のアートアニメーションだが、実はこの中に私のたいへんなトラウマ映像がありまして。いや、私以外にもいるかもしれない。昔、ゴールデンタイムにやっていたアニメーション名場面集みたいな番組の中でアニメの中のエッチな場面を一挙公開するコーナーがあって、そこで紹介されていたのを子供のときに見てしまいまして。主人公ジャンヌが村の領主への貢物にされ、領主とその家来達に陵辱される場面なんですが・・・エッチとかいう次元の映像ではないっ。こんなに痛々しい暴行シーンはそうそう無いと思う。おそろしや・・・・。よくゴールデンタイムに放送できたもんだ。昔のテレビって規制ゆるかったんだね。