篠原演芸場「JAZZとお笑いの夕べ」
画面中央部のまねきねこのぬいぐるみを撮りたかったのだが、見えないなこりゃ・・・。
篠原演芸場という場所のことは、全く知らなかった。
このイベントに行ってみようと思ったのも、近いから(うちから10分)という要素が一番強い。
あとは十条というマイナーな町にある演芸場っていうものに、単純に興味を惹かれたってのもある。
しかし今回同行してくれたお笑い仲間のSさんは、ここに来られることをかなり喜んでいた。子供の頃に親につれられてきたことがあるという。(Sさん、私の父と同世代・・。)なんと、創業昭和25年。
さらに、かの下町の玉三郎、梅沢富美男が育った劇場だというではありませんか。
この劇場がどういうものなのか私がつまびらかに知ったのはこの会に行った後なのだけれども、私の野生の勘も捨てたモンじゃないねぇー。今後も自信を持って、本能のままに生きちゃおう、がるるるる。
<出演>
和太鼓 加藤正直
<第一部>
<第二部>
JとB
きたはらいずみ
三谷峰生
鈴木史子
とりとめなくて、なんか町おこしイベントみたい・・・。
それも篠原演芸場という空間では自然に共存してしまうのがすごい。懐の深い空間である。
私が座った席は、諸事情により椅子席の隅っこ。(劇場全体は座椅子です。行くまで知らなくてびっくりした。)
風通しが良すぎて寒かったのだが花道の出入り口の近くだったので、柳家紫文さんが会場チェックその他で出入りするのを間近に見ることができ、二言三言お話しすることもできた。出番前、着物の上に洋服用のコートをテキトーに羽織った姿を見かけたが、なんか「カタギじゃないオーラ」が漂って小面憎いくらいカッコよかった。着物をオシャレで着るだけの素人は絶対しない着方だもの。着物姿でこまごまと働きまわるお弟子さん(小糸さん)の姿とともに眺めていたら、時代が40年くらい巻き戻ってしまったみたいで、なんともこの劇場の空間に似合うシーンのひとつになっていた。芸人さんを見ていて、おおー、絵になってる!と感じる瞬間って快感だ。
この日の紫文さんは薬屋、赤帽、葬儀屋など「正調長谷川平蔵」とでもいうべき鉄板パターン+大岡越前。軽くて何も残らないところがよい。ネタのベタさがこの劇場に合う。こういう場所には「お約束」が似合う。
今回観に行こうと思ったのは東京ボーイズのリーダーのアコーディオンが観たかった・・・という理由もあったのだが、なんと抱えて出ては来たものの、ほとんど弾かなかった。体の調子が悪かったらしい。
でもあれって、つらいだろうな・・・。持って出てきたのに弾かないっての。
弾けないなら持って出てこなければいい・・・けど、そうもいかないのだろうな。長年その状態で3人並んでるわけだし、絵として不自然だから、出てきた途端「何事?」って思っちゃうもんね、お客が。
生で観たのははじめてなんだけどテレビで観たときより、あんまり喋らない三味線の人が妙に可笑しく感じた。3人いたら別に全員喋らなくてもいいよな、確かに。
第二部はJAZZの部。
こちらは3組目までは可も無く不可もなく・・・(あくまで私の感覚では!)
演奏も歌も上手だけど、練習して出来上がったものを披露しているような感じで、JAZZっぽいかどうかといえばそうでもないような。みんな客席見てなかったし。
まあ、エレキバイオリンの三谷峰生さん(みたにほうしょうと読む。男性かと思っていたら女性でした。)は、「Image」シリーズとか女子十二楽房なんかが好きな人にはイイかもしれないし、きっともっと狭い会場なら、また違ったパフォーマンスを見せてくれる人なのではないかと感じさせてくれる部分もあったけれど。
私にはどっちかというと、クラシックの演奏を聴くときの感触に近かった。
空気は私(演奏者)が作ります。皆さんはそれを壊さないようにお願いします・・・って感じで準備して練習して作り上げた演奏を披露する。それが悪いわけではない。クラシックの客はその完成品を聴きに行くのだから。
JAZZは空気を読んで一緒に作っていくもの。その場の空気と反応してどうにでも変わっていく余地のあるもの。
インタラクティヴで余裕のあるもの。
そこが演芸とも似ているところなんじゃないかな。
そういう意味で、最後の鈴木史子さんだけが私にとってはJAZZだった。誰もが知っているスタンダードナンバーを余裕たっぷりに。お客さんとコミュニケーションとるのも盛り上げ方もうまくて、何より本人が楽しんでいたのが素敵。
誰もが知っている曲を選んだのも良かったと思う。今回みたいに出番の時間が短かったり、はじめましてのお客様が多いってときは、ベタすぎるくらい有名な曲の方ががお互い(客も演者も)楽しめる。
また彼女、ハスキーでイイ声。私のあこがれている声質。あんな声が出たら私も歌いたい。あんな声がでたらなあ・・・。
さて今回、一番びっくりしたのがお客さんの質の高さだった。
ものすごい集中力で観ている。ステージの間に私語をする人がほとんどいない。笑うところは笑い、拍手するところは拍手する。演奏のイイところ、演芸の面白いところでさらに強い拍手をする。
へんなところで拍手や手拍子をしない。
みんな観方が上手い。いや、観方のセンスがあるというべきか。
すべての瞬間を楽しもうという意欲と、この劇場に対する愛がいっぱい。舞台を観る目は暖かい。
最後、鈴木史子さんのアンコールのときの会場の手拍子にも驚いた。JAZZの手拍子といえば裏打ちになる。これってお客さんに年配者が多いとたいてい表と裏とバラバラになってしまって、ひとかたまりの手拍子になってしまうものだ。しかし今回のお客さん、まったくブレなかった。
とにかくみんな、空気を一緒に作るのが上手かった気がする。
うーん、やはりお客さんも「JAZZな人」が多かったのか。
しかし面白い空間だった。今度通常営業の大衆演劇の方も観に行ってみようかな。