キース・エマーソンへの手紙 Vol3

ライブ告知ページ

黒田亜樹さんのブログによれば、このライブの客層は「濃いELPファン、耳の肥えた知的プログレマニア。(この中にピアソラやタンゴからのファンも混ざっていたり)クロアキやカンちゃんをクラシックや現代音楽の活動で知っていいるクラシックリスナー。クロスオーバーなジャンルが好きなインテリ系リスナー。そこにぽつぽつ混じっているのが私がクラシックの教育活動でレッスンなどした事のあるピアノの先生とか音大生。公開レッスンなどで知り合った親子連れ」らしい。まあ、私はこの中では「クロスオーバーなジャンルが好きなインテリ系リスナー」ってヤツ?ということにしておこう。そして、「今回はこれに加えて熱狂的な三柴エディファンが集結することでしょう」とのこと。
昨年まではパーカッショニストの神田佳子さんと二人でやっていたこのライブだが、今年は元筋肉少女帯のキーボーディストでありつつ、ロックからクラシックまで縦横無尽に駆け巡る日本一の鍵盤弾き、かつての三柴江戸蔵こと三柴理をゲストに迎えてのさらにパワーアップなのだった。そのせいか客層は男性多め。それもチェックの綿シャツを着て、リュックしょってるようなタイプ・・・。あのリュックの中身って何なんだろう?知りたい・・・。


このライブ、7月7日はプログレの日と称し、恒例となりつつある。私の誕生日がこの周辺なので、まあ毎年自分にプレゼントするつもりで自分としても恒例行事にしている大好きな、そして大切なライブなのであります。
六本木STBはこのライブのときにしか出かけないけど、好きな会場のひとつ。小さいライブハウスも嫌いではないが、その「吹き溜まり感」や「内輪感」がキツいときがあって、なんか空気になじめないと感じることがある。(自分の精神状態によるけど。)STBには出演者と店のスタッフがお客さんに対して「プロとしての距離感」をしっかり持ってるところが好きだ。お料理もおいしいし・・・。今回赤ワインにローズマリーを浸した「ハーブワイン」というのを飲んだが、香りが良くて美味しかった。ちなみに白のハーブワインはバラの香りでした。


8時を少し過ぎたころに黒田さんと神田さんが登場。いきなり「タルカス」、すでに名物となった「超高速ホウダウン」を畳み掛ける。うわあ、最初からコレ?と思う間もなくゲストの三柴さんが登場し、2台のピアノと数十個のパーカッションによる「トッカータ」その後クロアキ&カンちゃんコンビの「展覧会の絵」が続き、休憩後は3人で「ナットロッカー」を披露した後、三柴さんのソロタイム。
ELPではないけど、と前置きしてキングクリムゾンの「風に語りて」「レッド」、それから筋肉少女帯の「黎明」(あ、「仏陀L」の冒頭の曲だ!)「超絶技巧の」とよく紹介されるので、なんとなく速弾きの人を連想していたがさにあらず。一音一音を大切に、丁寧に弾く人だ。その一音一音が、ずっしりと実の詰まった音がする。
クロアキさんのピアノは機関銃を乱射するみたいな迫力があるけど、三柴さんの場合パワーを押し殺しているような静かな迫力。巨人が野の花をそっと摘み取る風情といいましょうか・・・。内包するパワーを抑制している感じに畏怖さえおぼえる。
それに、余韻をとても大切にしているのが感じられた。最後の鍵盤の響きが消えていくところまでしっかり観客の耳に届ける。耳というより体に・・・お寺の鐘の音が響いて徐々に消えていく感じ。音が聞こえなくなっても音圧が残っているあの感じを、このライブで何度も体感した。胸の骨から背骨まで、しびれますよ、ほんとに。単に音が大きくて響いているというのではない。大きな音ではないのに、体に染みた。ピアノって楽器を知り尽くしてないと出ない音だよなあ。


曲は今回のメインイベント、2台のピアノと打楽器によるキースエマーソンのピアノコンチェルトへ・・・と差し掛かるのだが、このあたりのトークがとても面白かった。アネゴっぽく突っ込むクロアキさんに対する三柴さん、ヒグマのような風貌に似合わずお茶目な脱力キャラ。私は彼に関して「なんかオーケンの後ろで怖い顔してピアノ弾いてる人」くらいに認識しかなかったのだが、コワモテの外見を裏切るオトボケ発言の数々にもう大爆笑。
実は、ひねくれたところや構えたところのまったくない、素直でかわいい人なのだ。フォークやロックの人にありがちな屈折したコンプレックスの影がまるで無い。もー、お笑いのライブに来てしまったのかと錯覚するほど笑った。
三柴さんはクラシックのアルバムを指揮者別、編曲者別に集めるのが趣味だったというクラシックマニア少年。現代音楽も「おもしれー、なんだこれー???怖えー!!!図形楽譜?読めねー!!!」とか言って聴いていた、そんな高校時代だったという。(ロックは「うるさい」という理由でまったく聴かず。)
YAMAHAのクラシック楽譜売り場で端から立ち読みするのが何より楽しいとのこと。そのクラシックおたくぶり、楽譜マニアぶりに気取りが無くて、ホントに好きで好きで大好きで!!!っていう雰囲気があまりにもかわいくて、ルックスとのギャップが可笑しすぎ。
その楽譜の中、あまりにも難しいため「これは自分には無理だ」とあきらめて棚に戻したアゴスティ編曲の「火の鳥」を黒田さんがコンサートで弾くのを聴いてびっくり。また、クロアキさんの「タルカス」発売時にも、彼女が「現代音楽」畑の人だということで気にはしていたという。
逆に黒田さんはピアノでキースエマーソンをやろうかなーと考えていた矢先に、三柴さんの「ピアノで弾き倒す華麗なるロッククラシック」というCD付き楽譜の存在を知り、またピアノによる「大江戸捜査網」を自分のアルバムに収録したりする三柴さんのスタイルに「なんなんだ??この人は?」という興味を、やはり感じていたのだそうだ。
方向性がどこか重なるプロフェッショナルが2人、いやカンダさんを入れて3人集結。愛とテクニックが共存した、この上なく幸せな夜だったんである。奇跡の、伝説の夜といってもよい。
音楽は愛だけでも、テクニックだけでもダメなのさ。


ピアノコンチェルトの後、アンコールでは三柴さんを加えての「タルカス」、そして「トッカータ」で占め。
「もう手が痺れてます」とクロアキさん。私も拍手しすぎて手が痺れたよー。
このライブ、音源化してくれないかなあ。一夜限りで消えてしまうのはもったいない。いや、だからこそ贅沢なのか。