なんでもナイト

暑い!暑いぞ。暑くて寝られない。暑すぎ。
そんなわけで、今日行ったライブの記録を早々に書いてみるのであった。

スセリさんのライブにいったときにたまたま近くの席に座り、名刺をいただいてからのご縁であるギタリスト宮川菊佳さんの企画する闇鍋みたいなライブを見るために、ひさびさにコタンへ。
いろんな楽器が登場するというのがひとつの目玉で、私もそれを楽しみに見に行っているわけであるが、今回はいろいろな楽器というより、出し物がいろいろって感じだった。
客層はかなりアダルト・・・。私より10歳以上は年上そうな人たちばかりでちょっと恐縮。私も世間では立派にアダルトな年齢なんだけど、まだまだなのですねぇ。でもね、こういうところで夜お酒を飲みながら、ゆったりと音楽を身近に楽しんでいる、自分より年上の人たちを見ていると、歳を取ることへの抵抗が緩和される気がする。その年齢なりの楽しみはきっとあるのだ。だから大丈夫だ!(何がだ?)
ギター、アルパ、キタローネのオール弦楽器によるラテン音楽演奏、(なんかドーリーミィというか、音色は違うけどオルゴールみたいな癒し感をちょっと感じた。)女の子のピアノ弾き語り(Kiroroっぽいとか言ったら怒られるかな?)、ギターとカリンバとタップダンスとポエトリーリーディング風のパフォーマンス(コシミハルみたいかな、と思った。)それからギターと朗読による「鶴の恩返し」といった流れ。
ほんとにバラバラだし、レベルもまちまちだけどなんらかの表現活動をしたいと思っている人に発表の場を作ってあげているというような意味合いもあるのかもしれない。
珍しいものいろいろ見られて楽しかった。
とくにキタローネって、イタリア語で「大きなギター」っていう意味らしいけど、現物がホントに言葉どおりで、コントラバスくらいある大きさのギターだったので笑えてしまった。

朗読+ギターというのも、この前も別の場所で一度聴いたんだけど、いろんな可能性があるような気がして面白い。
まあ、朗読にBGMつけてるだけだろーっていう見方もあるかもしれないけど、リアルタイムで人間が演奏してるって言うのはやっぱり違うんだな。また、弾いている人と声を出している人が別っていうところが、ギター弾き語りなどと違う味わい。今回、朗読は3名いた。複数の人間が「気」を合わせて何か作るということも、最近興味ある。
以前は一人の人がぜんぶ演るっていうことに興味があって、そういった意味で落語も好きだったのだけど、一人でやるんだから自由にできて当然かな・・・って思うところもあって・・・最近大人数で一つのものを作っている様に惹かれたりするのですよ。オーケストラなんかそれの最たるもんで・・・あの人数でしょ、すごいよ。

生音に人の声って言う形式に関しては、いろいろと頭の中でイメージが広がってしまった。ギターに限らず、楽器に語りをのせる、あるいは語りに楽器の音をのせるという試み、いろいろあったら楽しいと思う。
人の声プラス楽器の音って、唄だけじゃなくてもいいんじゃないかしら。落語+楽器、コント+楽器ってのも見てみたい。邪道かもしれないけど。

しかしライブを聴きながらなんだか心落ち着かない気分に私はさいなまれていた。実は今週末、宮川さんが持っておられるギター教室の発表会で、ちょこっとだけ私が演奏させていただける時間をもらっていたからである。(ギターではないよ。わかるね?)
まだまだ時間はたっぷりある!と思っていたらあれよあれよという間にもうあと一週間無い。こんなときに限ってなんか急な仕事が入ったり、ほかのイベントのために作品作りをしなくてはならなかったり、物事が重なるときって重なるのねー。
んで、けっこう思うように練習できていなくて、出演者の皆さんを見ているうちにどす黒く不安になってきてしまったのです。
終わった後めずらしく呑まずに直帰し、うちで小一時間練習しましたのでした。

会場でカリンバ奏者の男の子がくれたクラブイベントのチラシに、なんと見覚えのあるウクレレ弾きの男の子の名前が!うわあ、まさにしりとり式。なにがどこでつながってるかわかんない。
東京はおもしろいねぇー。