武藤書店

うちは現実的には西日暮里の方が最寄なのだが、帰りは必ず日暮里で降りて、御殿坂を登って帰宅する。
この坂を登るのが楽しみなのだ。
右手に本行寺、左手に谷中霊園のこの坂は、桜の樹が両脇にあってけっこうな急坂だが、昭和なの?明治なの?江戸なの?みたいな建物がけっこう多いので、タイムスリップした気分になる。
突き当たりが階段(夕焼けだんだん)なので、車もほとんど通らず、静か。
晴れれば晴れたなりの、雨なら雨なりの風情があり、どの季節でも映画の中にいるみたいだ。
本行寺は「月見寺」の異名もあるだけあって、月夜に御殿坂を上りきってから本行寺方面を振り返ると、涙が出るほど美しい月が見られる。
街灯以外の夜の明かりが少ないので、雪の夜なんかは独特の雰囲気になってロマンチックだ。(滑るけど)
とにかくどんな天気でもうきうきしながらこの道を通って家に帰る。
どんなに疲れても、この帰り道だけで楽しくなる。
ほんとにほんとに、この景色が大好き。


御殿坂をすぎるとかの有名な野良猫の聖地、夕焼けだんだん。
だんだん猫をけちらしながら階段を降りると、目の前は谷中銀座である。
武藤書店は谷中銀座に入ってすぐ、右手がわにある。
何の変哲も無い、小さな町の本屋さんだ。
と、思ってフツーに雑誌を買ったり文庫を買ったりと利用していたのだが、あるとき店の奥まで入ってびっくりした。
落語の本の品揃えがすごい!!!
店の奥の壁、三分の一が落語本のコーナーなのである。
この規模の書店にしては驚愕の比率だ。
JUNK堂などの大手の書店より、量としては多いかもしれない。
思えば志ん生が住んでたんだよなあ、近所に。
志ん生志ん朝の写真も壁を飾る。
その筋では有名なのだろうか?
私がこのことに気がついたのは、ここに引っ越してかなり経ってからだった。
で、壁のあと三分の一はなぜか食べ物関連のエッセイばっかりが埋め尽くしている。
この量もこの規模の書店にしたら多すぎる。


残り三分の一はCDとミュージックテープ。
(ミュージックテープってところがこの町の平均年齢を思わせて泣かせる。)
CDはもう一面の壁の三分の一も占拠しているが、落語および邦楽音源がまた豊富なのであった。
それらはわざわざジャケットが見えるように立ててディスプレーしてある。
でもその周囲は、今流行ってる音楽(倖田來未とか)および演歌がテキトーに。
「みたか de きいたか」の予習のために、なにか江戸邦楽がカタログ的に入ってる音源は無いかなーと捜していた私は、ここでコロムビアの「江戸の文化 艶」というCDを買った。

江戸の文化(3)新内/都々逸/俗曲

江戸の文化(3)新内/都々逸/俗曲

レジのおじいちゃんはこれを見るなり、
「ちょっと待ってね」
といって品番をわら半紙(?)のきれっぱしにメモしだした。
(追加で仕入れるためでしょう。人力POSですね。)
で、レジ打ちながらしきりに
「これ、いいでしょう?いいと思ってね、入れたの。」
「小唄だけ、とか新内だけっていうのはあるんだけどね、これはいろいろ入っててね。」
「売れると思ってね。入れてみたの。けっこう評判良くてね。よく出るのよ。」
とニコニコしながら話し続けたのであった。
どうやらここのCDは、このおじいちゃんコダワリのセレクトらしいのだ。
そのコダワリというのがマニアックではなく、演芸、邦楽初心者が入門的に聞けるようなものという切り口っぽい。
「いやー勉強しようと思ってたので助かります。」(と、私。)
「うん、いいでしょう。いろいろ入ってるからね。ひとつだけじゃないからね。」
この「いろいろ入ってる」がどうやらセールスポイントなのだろう。何度も繰り返して言うのであった。
たかだか2000円ちょっとでお店の人にこんなに喜んでもらえるとは、私も嬉しくなりながら店を出た。


しかし・・・たしかに新内・端唄・小唄・俗曲と入ってましたけどねえ、ラスト3曲はオーケストラアレンジだったよ、おじいちゃーん!!!


まあまあそんなわけで、前面にはアピールしないながら武藤書店は演芸ファン向きの書店です。
谷中にお越しの際はお立ち寄りを。